C57BL/6の黒いマウスに白い毛が生えるのはなぜ?毛色を左右する遺伝子と環境要因


研究室で飼育されるC57BL/6(略称B6)マウスは、遺伝的背景が明確で安定していることから、多くの遺伝子改変マウスの背景系統として用いられています。そのため、適切に維持している純系の黒いマウスに、本来見られない色の毛が突然生えていることに気づくと、研究者は驚くことがあります。

これは単なる見た目の変化なのでしょうか。それとも、より複雑な科学的シグナルが隠れているのでしょうか。マウスの毛色は「黒か白か」だけで決まるものではありません。遺伝的要因と環境・生理的要因が相互に作用することで、毛色の表現型が形づくられます。
01. 遺伝的な設計図:毛色はどのように決まるのか
毛色の「異常」を理解するには、まず通常の毛色がどのように決まるかを知る必要があります。マウスの毛色は、皮膚や毛包にあるメラノサイト(色素細胞)が産生する、主に次の2種類の色素によって決まります。
- ユーメラニン(真性メラニン):黒色または褐色を呈します。
- フェオメラニン(黄色メラニン):黄色または赤色を呈します。
これらの色素の産生と分布は複数の遺伝子によって精密に制御されています。特に重要な遺伝子には、次のものがあります。
Agouti遺伝子(A座位)
メラノコルチン1受容体(MC1R)は、哺乳類の色素沈着を調節する重要な因子で、α-メラノサイト刺激ホルモン(αMSH)によって活性化されます。一方、MC1Rの働きは、分泌因子であるAgouti遺伝子がコードするASP(Agouti Signaling Protein)によって拮抗されます。その結果、メラノサイトでの色素合成はユーメラニンからフェオメラニンへと切り替わります。つまり、ASPは哺乳類の淡色表現型に関与します[1]。C57BL/6マウスではAgoutiが発現せず、全身が黒色を呈します。
Tyr遺伝子(C座位)
Tyr遺伝子はメラニン合成経路で働きます。ヒトでは、Tyr遺伝子の250種類を超える変異が皮膚白皮症の原因となります。マウスでは、Tyr遺伝子の生物活性が失われると色素顆粒を合成できなくなり、白化(アルビノ)表現型となります[2]。白化は他の毛色決定因子に対して上位性を示すため、遺伝子型にかかわらずc/cの場合は色素が欠如し、BALB/c、FVB、ICRなどの系統で見られるような白化表現型になります。
TRP遺伝子(B座位)
Tyr遺伝子が正常に発現している場合でも、ユーメラニンの産生はチロシナーゼ関連タンパク質(TRP-1およびTRP-2)をコードする遺伝子によって調節されます。TRP-1が活性を持つと、黒色に近いユーメラニン顆粒がより多く産生され、毛は黒色になります。TRP-1に変異があると、褐色色素顆粒の合成が優位になり、毛色が黒色から褐色へ変化することがあります[3]。
Pink-eyed dilution(P座位)
Pink-eyed dilution(P座位)遺伝子は膜関連輸送タンパク質をコードし、Tyr酵素の翻訳後修飾や輸送を調節することでメラニン形成に関与します。野生型アリルPは毛と眼に強い色素沈着をもたらします。一方、多くのマウス系統に見られる古く一般的な変異体p(pink-eyed dilution)は、眼と毛の色素沈着を弱めます。その結果、眼はピンク色になり、毛色は薄く、銀色に見えることがあります[4]。
Dilute(D座位)
色素細胞小器官であるメラノソームは、ダイニン、キネシン、ミオシンによって輸送されます。アクチンと関係するミオシンVa(Myo5a)は、メラニンの正常な輸送に関与します。この遺伝子に変異(d)が起きると、メラノサイトで合成された色素顆粒を細胞外へ輸送する効率が低下し、毛幹の着色が薄くなることがあります[5]。
毛色に関わる遺伝子座は非常に多く、上記の主要遺伝子以外にも、マウスでは100を超える毛色関連遺伝子座が報告されています。ここではすべてを列挙しません[6,7]。
健康なC57BL/6マウスでは、これらの遺伝的制御機構が安定して働き、MC1Rシグナル経路が優位となるため、全身が黒色になります。
02. 環境ストレス・生理的要因と遺伝子の相互作用:毛色変化の引き金
毛色は遺伝だけで決まるものではありません。環境要因や生理的要因が遺伝子の発現や機能を変化させ、毛色の表現型に影響することがあります。
近年の研究では、慢性ストレスが重要なエピジェネティック修飾因子となり、炎症経路を介して毛色関連遺伝子の機能に影響する可能性が示されています。ヒトにおけるストレスによる若白髪や、一晩で白髪になったと表現される現象も、ストレスが毛色に影響する例です。
雌のC57BL/6マウスに電気刺激と拘束ストレスを組み合わせた慢性ストレスモデルでは、毛色が黒色から徐々に褐色へ変化しました。C57BL/6マウスの皮膚では毛包メラノサイトとチロシナーゼ活性が低下し、ユーメラニンの合成が妨げられる一方、フェオメラニンが相対的に蓄積し、最終的に毛色が褐色になったと考えられています[8]。

一過性の痛みも、例えばカプサイシン類似体であるレジニフェラトキシン(RTX)の投与によって、マウスの急性ストレス反応を引き起こすことがあります。RTXによるストレスは交感神経系(SNS)の過剰な活性化を招き、メラノサイト幹細胞(MeSCs)の喪失と被毛の白化につながります[9]。

食事や栄養状態が色素沈着や毛色変化の進行に影響することを示す証拠も増えています。銅や鉄などの栄養素は、チロシナーゼをはじめとする酵素の補因子です。チロシナーゼはメラニン合成の初期段階に必要です。また、タンパク質を多く含む食品から得られるアミノ酸のチロシンは、メラニンの直接的な前駆体です。これらの栄養素が不足するとメラニン産生が妨げられ、毛色が変化する可能性があります。
パントテン酸を欠乏させた合成飼料をラットに与えると、4~6週間後に被毛が灰白色になりました。パントテン酸カルシウムを1日40 µgを超えて摂取させると、この状態を予防、または症状を治癒できると報告されています[10]。
エストロゲン様作用を持つ内分泌かく乱化学物質であるビスフェノールA(BPA)を、Avy/a受精卵を持つa/a母マウスに摂取させると、産仔の毛色が黄色方向へ有意に変化したとの報告があります。一方、大豆イソフラボンのダイゼイン(G)を単独で、またはBPAと併用して摂取させると、より健康な褐色の産仔が増加しました[11]。

03. 異常な毛色の背景:黒い毛にさまざまな色が現れるのはなぜか
純系B6マウスに通常とは異なる色の毛が見られる場合、遺伝子が関係している可能性があります。また、遺伝的要因や環境・生理的要因によって、メラノサイト自体が失われたり、機能が異常になったりしている可能性もあります。
可能性1:自然発生的な遺伝子変異
B6系統は高度に近交化され、遺伝的背景がそろっていますが、生物では遺伝子変異がランダムに発生することがあります。目に見えないところで遺伝子の変化が生じ、マウスの毛色に影響している可能性があります。
可能性2:環境ストレスとストレス反応
環境ストレスが毛包に直接作用し、毛色に影響することは研究で示されています。研究室のマウスは餌や水に困らない環境で飼育されますが、ストレスがまったくないとは限りません。
研究用マウスで考えられるストレス要因には、次のようなものがあります。
- 物理的損傷:局所的な皮膚の擦過傷、繰り返しの剃毛や生検などは、毛包を直接損傷したり局所炎症を引き起こしたりして、メラノサイトの機能に影響することがあります。
- 心理的ストレス:頻繁な驚愕、過密な飼育環境、輸送などによる慢性ストレスは、神経内分泌系を介してメラノサイト幹細胞の恒常性に影響する可能性があります。
可能性3:生理的要因
加齢に伴うエピジェネティックな揺らぎや蓄積によって、これまで抑制されていた遺伝子が異常に発現したり、重要な遺伝子が抑制されたりすることがあり、局所的な色素沈着の異常につながる可能性があります。加齢そのものも、メラノサイト幹細胞の枯渇を進行させます。
栄養や食餌条件は、色素産生の材料供給、酵素機能、細胞の健康状態に影響するため、マウスの毛色を左右する調整可能な要因です。
健康状態や疾患も、メラノサイトの異常を引き起こすことがあります。また、体内資源の消耗や内分泌バランスの乱れを通じて、間接的に毛のつやが失われたり、毛色が薄くなったりする可能性があります。
04. まとめと対応のポイント
B6の黒いマウスに白い毛が見られた場合、考えられる主な要因は次のとおりです。
- 体細胞における自然発生的な変異
- 環境ストレスとストレス反応
- 生理的な不調や健康状態の異常
研究者はどのように対応すればよいでしょうか。
ステップ1:初期評価と隔離
まず、マウスに苦痛や不快感、または健康状態の著しい悪化がないかを確認します。例えば、体を丸める、背を丸める、動きが鈍い、呼吸が速い、皮膚に広範囲の損傷や感染があるなどの徴候に注意します。
隔離:感染性の原因が広がる可能性を避けるため、影響を受けたマウス(またはケージ全体)を健康なマウス群から速やかに隔離します。
初期記録:
- 撮影:異常が見られる部位、形態、程度を記録できるよう、全体像と患部の拡大写真を鮮明に撮影します。
- 記録:系統、性別、年齢、ケージ番号、観察日、異常の具体的な様子(脱毛、白毛、皮膚の発赤、痂皮など)を記録します。
ステップ2:体系的な原因調査と診断
- 感染性要因:寄生虫、真菌、細菌などの感染源を調べます。
- 環境・ストレス要因(よく見られる要因):直近の実験や処置を振り返り、飼育環境を評価します。
- 生理・健康要因:環境と食餌を確認し、マウスの状態を観察します。成長曲線を照合し、身体状態や行動の変化を確認します。
- 遺伝的要因:文献を調べて系統の表現型を確認し、観察された毛色が想定内かを検討します。近交系の継代中に自然発生的な変異が起こり、遺伝的変化につながることもあります。年齢や飼育歴も確認します。
ステップ3:判断と対応
原因調査の結果に基づいて、適切な対応を選択します。
- 感染が確認された場合は、マウスを隔離して治療し、飼育環境を消毒します。
- 飼育環境を改善します(環境条件の標準化、エンリッチメントや巣材の提供、ケージの分割、飼育密度の低減など)。実験手順を見直し、不要なストレスを伴う操作を減らし、隠れ場所を用意します。
- 食餌を見直し、栄養価の高い飼料を与えて、エネルギーや栄養素を適切に補います。
- 想定された表現型であれば観察を続けます。自然発生的な変異と判断された場合は、系統の遺伝的純度を維持するため、異常個体を淘汰することが推奨されます。
マウスに見られる小さな白い斑点も、軽視すべきではありません。生命における遺伝的変異のランダム性を示すと同時に、遺伝子と環境の相互作用を観察する手がかりとなり、生命システムの複雑さと精妙さをあらためて示しています。
05. 参考文献
- Le Pape E, Passeron T, Giubellino A, Valencia JC, Wolber R, Hearing VJ. Microarray analysis sheds light on the dedifferentiating role of agouti signal protein in murine melanocytes via the Mc1r. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Feb 10;106(6):1802-7.
- Challa AK, Boitet ER, Turner AN, Johnson LW, Kennedy D, Downs ER, Hymel KM, Gross AK, Kesterson RA. Novel hypomorphic alleles of the mouse tyrosinase gene induced by gene-editing nucleases cause non-albino pigmentation phenotypes. PLoS One. 2016 May 25;11(5):e0155812.
- Kobayashi T, Urabe K, Winder A, Jiménez-Cervantes C, Imokawa G, Brewington T, Solano F, García-Borrón JC, Hearing VJ. Tyrosinase related protein 1 (TRP1) functions as a DHICA oxidase in melanin biosynthesis. EMBO J. 1994 Dec 15;13(24):5818-25.
- Willys K. Silvers. The Coat Colors of Mice.
- Oberhofer A, Spieler P, Rosenfeld Y, Stepp WL, Cleetus A, Hume AN, Mueller-Planitz F, Ökten Z. Myosin Va's adaptor protein melanophilin enforces track selection on the microtubule and actin networks in vitro. Proc Natl Acad Sci U S A. 2017 Jun 13;114(24):E4714-E4723.
- Bennett, D.C. and Lamoreux, M.L. (2003), The Color Loci of Mice – A Genetic Century. Pigment Cell Research, 16: 333-344.
- Steingrímsson, E., Copeland, N.G. and Jenkins, N.A. (2006), Mouse coat color mutations: From fancy mice to functional genomics. Dev. Dyn., 235: 2401-2411.
- Shen XL, Liu YZ, Gong H, Zhang Y, Wu TY, Xia M, Jiang CL. Chronic stress induces fur color change from dark to brown by decreasing follicle melanocytes and tyrosinase activity in female C57BL/6 mice. Sheng Li Xue Bao. 2020 Apr 25;72(2):139-147.
- Zhang B, Ma S, Rachmin I, He M, Baral P, Choi S, Gonçalves WA, Shwartz Y, Fast EM, Su Y, Zon LI, Regev A, Buenrostro JD, Cunha TM, Chiu IM, Fisher DE, Hsu YC. Hyperactivation of sympathetic nerves drives depletion of melanocyte stem cells. Nature. 2020 Jan;577(7792):676-681.
- L.M. Henderson, J.M. McIntire, Harry A. Waisman, C.A. Elvehjem. Pantothenic Acid in the Nutrition of the Rat. The Journal of Nutrition, Volume 23, Issue 1, 1942, Pages 47-58, ISSN 0022-3166.
- Rosenfeld CS, Sieli PT, Warzak DA, Ellersieck MR, Pennington KA, Roberts RM. Maternal exposure to bisphenol A and genistein has minimal effect on A(vy)/a offspring coat color but favors birth of agouti over nonagouti mice. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Jan 8;110(2):537-42.
06. よくある質問
B6マウスに白い毛が見られたら、系統の混入と判断できますか?
毛色の変化だけで系統の混入とは判断できません。自然発生的な遺伝子変異のほか、環境ストレス、生理的要因、健康状態なども確認し、系統の表現型や飼育歴と照らし合わせて原因を調べます。
初めに何を記録すればよいですか?
異常部位の全体像と拡大写真を撮影し、系統、性別、年齢、ケージ番号、観察日、脱毛・白毛・発赤・痂皮などの具体的な所見を記録します。
毛色の変化を確認した後、どのような要因を調べますか?
健康状態や感染の有無を確認したうえで、最近の実験・処置、飼育環境、食餌、成長や行動の変化、系統の表現型、年齢、飼育歴を系統的に確認します。
サイヤジェン(Cyagen)について
サイヤジェン(Cyagen)は2006年に設立され、遺伝子改変動物モデルの作製、細胞関連製品、各種CROサービスを通じて、生命科学研究と医薬品開発を支援しています。



