Kdm6bと神経発達:H3K27me3脱メチル化酵素の機能と疾患モデル


Kdm6bとは:H3K27me3を消す表観遺伝学的制御因子
Kdm6b(JMJD3)は、細胞核内で遺伝子発現状態を調整する表観遺伝学的制御因子です。主な役割は、ヒストンH3の27番目のリジンに付加された三メチル化修飾(H3K27me3)を除去し、抑制されていた遺伝子を再び発現しやすい状態へ導くことにあります。
この「抑制マークを消す」機能により、Kdm6bは細胞分化、神経成熟、免疫応答、炎症関連遺伝子の制御など、複数の生命現象に関与します。特に神経発達領域では、神経前駆細胞が細胞周期を離れて成熟ニューロンへ分化する過程で重要な役割を担うことが示されています。
温度依存性性決定から神経発達へ
温度で性が決まる仕組みとKdm6b
2018年、アカミミガメを用いた研究により、Kdm6bが温度依存性性決定に関わる重要因子であることが示されました。26°Cで孵化した卵は雄へ、32°Cでは雌へ発生し、この温度依存的な違いの背景にKdm6bの発現変化が関与していました。Kdm6bはDmrt1遺伝子プロモーター領域のH3K27me3を除去し、雄性発生プログラムを起動する分子機構の一部として働きます[1]。
図1. Kdm6bがT. scripta初期性腺で温度依存的に二相性発現を示す模式図[1]
神経成熟とシナプス機能の制御
哺乳類の脳発達においても、Kdm6bは神経細胞の成熟段階で注目されています。小脳顆粒ニューロンの分化研究では、Kdm6bは神経細胞の初期生成そのものには必須ではない一方、後期成熟やシナプス機能に関連する遺伝子発現プログラムの確立に重要であることが報告されています[2]。
Kdm6bノックアウトマウスが示す神経発達表現型
ASD/ADHD様行動の解析
Kdm6bの神経発達疾患との関連で特に重要なのが、Kdm6bヘテロ欠損マウス(Kdm6b+/-)を用いた行動解析です。2022年の研究では、社会性の低下、物体認識記憶の障害、多動、衝動性の増加など、ASDおよびADHDに関連する表現型が確認されました。さらに、ADHD治療薬として用いられるメチルフェニデートの投与により、多動および衝動性が改善したことから、KDM6B変異と神経発達障害の因果関係を検討する上で重要なモデルとなっています[3]。
図2. メチルフェニデートによるKdm6bヘテロ欠損マウスの多動・衝動性改善[3]
全脳モザイクノックアウトによる新知見
2024年には、CRISPR技術を用いてKdm6b脳内モザイクノックアウトモデルが作製されました。このモデルでは、自閉症様の社会性障害や反復行動に加え、認知機能の低下が認められました。分子レベルでは海馬の興奮性シナプス伝達異常、とくにNMDA受容体依存性のシナプス伝達と可塑性の低下が観察され、学習・記憶に関わる神経基盤の解析に有用であることが示されています[4]。
発生期における必須機能
一方、Kdm6bを完全に欠損させたマウスは周産期に死亡し、その主因として呼吸不全が報告されています。これは呼吸リズム形成に関わる延髄pre-Bötzinger complexの発達異常と関連し、Kdm6bが神経回路の成熟と生命維持機能にも関与することを示しています[5]。
Kdm6bモデルの研究応用と製品情報
Kdm6b遺伝子改変マウスは、神経発達疾患、表観遺伝学、シナプス機能、免疫・炎症反応、細胞分化の研究に利用できます。全身性ノックアウトモデルは遺伝子機能の基礎解析に、floxモデルはCre系統と組み合わせた組織・時期特異的な解析に適しています。
サイヤジェン関連マウスモデル
| 製品名 | 製品番号 | 系統正式名称 | タイプ |
|---|---|---|---|
| Kdm6b-KOマウス | S-KO-16020 | C57BL/6JCya-Kdm6bem1/Cya | Kdm6b遺伝子ノックアウト |
| Kdm6b-KOマウス | S-KO-05225 | C57BL/6JCya-Kdm6bem1/Cya | Kdm6b遺伝子ノックアウト |
| Kdm6b-floxマウス | S-CKO-06059 | C57BL/6JCya-Kdm6bem1flox/Cya | Kdm6b条件付き遺伝子ノックアウト |
参考文献
- Ge C, Ye J, Weber C, Sun W, Zhang H, Zhou Y, Cai C, Qian G, Capel B. The histone demethylase KDM6B regulates temperature-dependent sex determination in a turtle species. Science. 2018;360(6389):645-648.
- Wijayatunge R, Liu F, Shpargel KB, Wayne NJ, Chan U, Boua JV, Magnuson T, West AE. The histone demethylase Kdm6b regulates a mature gene expression program in differentiating cerebellar granule neurons. Mol Cell Neurosci. 2018;87:4-17.
- Gao Y, Aljazi MB, He J. Kdm6b Haploinsufficiency Causes ASD/ADHD-Like Behavioral Deficits in Mice. Front Behav Neurosci. 2022;16:905783.
- Brauer B, Ancatén-González C, Ahumada-Marchant C, et al. Impact of KDM6B mosaic brain knockout on synaptic function and behavior. Sci Rep. 2024;14:20416.
- Burgold T, Voituron N, Caganova M, et al. The H3K27 demethylase JMJD3 is required for maintenance of the embryonic respiratory neuronal network, neonatal breathing, and survival. Cell Rep. 2012;2(5):1244-1258.
ワンストップ・マウスモデル検索プラットフォーム:MouseAtlas
MouseAtlas(マウスアトラス)は、KOマウスからヒト化マウスまで、遺伝子や製品モデル名で検索できるプラットフォームです。生体マウスか精子凍結状態か、リアルタイムの在庫状況、検証データ、詳細な説明を直感的に確認でき、直接注文も可能です。社内の製品管理システムと連携して常に最新情報が更新されており、現在39,000種類以上のモデルマウスを収録しています。研究者の皆様にとって非常に便利なワンストップソリューションです。
Cyagen Biosciences Inc.(「サイヤジェン(Cyagen)」)は2006年、医薬品開発業務受託機関及び細胞関連製品メーカーとして創業しました。現在、世界に1000名以上の社員が勤務しています。本社をアメリカ・カリフォルニア州シリコンバレーに置き、中国の蘇州と広州を製造拠点にしています。2016年に日本支店(サイヤジェン株式会社)を開設しました。遺伝子改変アニマルモデル作製のリーディングカンパニーとして、リーズナブルな価格帯で、高品質の試薬・ツールを提供しています。Cyagenはマウスモデルの提供だけでなく、眼科、神経科学、腫瘍免疫など様々な分野で契約研究機関(CRO)サービスも提供しています。私たちは遺伝性疾患の研究を支援し、遺伝子治療薬の開発を促進することを目指しています。
FAQ
Kdm6bはどのような分子ですか?
Kdm6b(JMJD3)は、H3K27me3を脱メチル化する酵素で、抑制されていた遺伝子発現プログラムを再活性化する表観遺伝学的制御因子です。
Kdm6bノックアウトマウスはどの研究に適していますか?
神経発達、ASD/ADHD様行動、シナプス機能、呼吸神経回路、免疫・炎症反応など、Kdm6bの組織特異的機能を検証する研究に利用できます。
Kdm6bヘテロ欠損マウスではどのような表現型が報告されていますか?
社会性の低下、物体認識記憶の低下、多動、衝動性の増加など、ASDおよびADHDに関連する行動表現型が報告されています。
Kdm6b完全欠損はなぜ重要な発生表現型を示しますか?
完全欠損マウスでは周産期致死や呼吸不全が報告されており、延髄のpre-Bötzinger complexを含む呼吸神経回路の成熟にKdm6bが重要であることを示します。
Kdm6b-floxマウスを使う利点は何ですか?
Cre系統と組み合わせることで、神経系、免疫系、発生段階など特定の組織や時期に限定してKdm6b機能を解析できます。
本記事のテーマに関連するサイヤジェンのマウスモデル
| カタログ番号 | 名称 | ベース系統 | 操作 |
|---|---|---|---|
| S-KO-05225 | Kdm6b-KO | C57BL/6JCya | |
| S-KO-16020 | Kdm6b-KO | C57BL/6JCya | |
| S-CKO-06059 | Kdm6b-flox | C57BL/6JCya |



